「スポーツスポンサーシップ」とは、単に「支援」を行うだけの行為ではありません。むしろ、ブランドが消費者に与える印象を高め、市場競争を勝ち抜くための重要なマーケティング戦略の一つです。
本記事では、スポーツスポンサーシップがなぜ非常に高い効果を発揮するのか、その背景を探りながら解説していきます。
もともとスポーツスポンサーシップは慈善的な寄付としての性格が強く、1970年代までは、企業経営者個人の興味や好みで行われることが多かったとされています。たとえば「CEOがゴルフ好きだからゴルフ大会をスポンサーする」という例が典型です。
しかし、1980年代から1990年代の初めにかけて、メディア技術や広告手法が発達すると、スポーツスポンサーシップは広告の代替手段として、また大きなメディア露出が得られる有効な方法として注目されるようになりました 1980年代初期から、企業がグローバルなスポンサーシップに巨額の投資を始め、1982年の時点で総額5億ドルに達したと言われています。米IEG社による報告では、2019年まで世界全体のスポンサーシップ費用は伸び続け、COVID-19以前にはおよそ700億ドルに迫る規模に達していたと推定されています。
スポーツスポンサーシップとは?定義と基本を解説
スポーツ分野は、長年にわたり世界のスポンサーシップ投資総額の大半を占めてきました。フェスティバルや芸術、自治体、社会活動、文化、エンターテイメント、協会、公園、年次行事など、多彩なプロパティ(スポンサーの対象)は存在しますが、多くの国でスポーツが全体の50%~75%ほどの投資を集めると報告されています。
人気スポーツのイベント、アスリート、競技施設、チーム、リーグ、連盟などが注目されるのは、そのスポーツを愛好する熱心で忠誠心の高いファン層を抱えているからです。ファン(観客・参加者)はしばしば以下の特徴をベースにセグメント分けされます。
人口統計:性別、出生率、年齢、人口規模などの社会的属性
心理的特性:態度、興味、嗜好などの内面的な属性
地理:居住地域(国、都市、農村、郊外など)や地形、住環境など
さらにファンの「関与度」や「コミットメント」によっても評価が行われることがあります。
関与度:どの程度そのスポーツに深く関わっているか
例:シーズンチケットを所有して毎試合観戦する人 vs. 単発チケットで一度だけ観戦する人
コミットメント:スポーツやチームへの感情的な結びつきの強さ
例:好きなチームのために時間や収入の大半を費やす熱狂的ファン
もしファンや参加者の数が十分に多く、スポンサー企業が狙う消費者層と人口統計・心理的特性・地理的特徴が重なり、さらにファンが高い関与度やコミットメントを示すのであれば、そのスポーツプロパティはスポンサーシップにとって魅力的なプラットフォームとなりえます。
なぜスポーツスポンサーシップが効果的なのか?
スポーツスポンサーシップが他の分野と異なる理由を理解するために、以下4つの特徴を挙げます。
1.ターゲットグループへの直接的かつ費用対効果の高いリーチ
多くのスポーツプロパティは、ファンや参加者を通じて企業のターゲット市場に効率よくアプローチできるよう工夫しています。ファンの特性がスポンサーの顧客像と合致すれば、強固なつながりを構築しやすくなります。
2.スポンサーとスポーツプロパティのポジティブなイメージの結びつき
スポンサーは、スポーツが持つ良いイメージや価値観を自社ブランドに取り込むことができます。
3.スポーツがもたらす興奮と感情的な結びつきの活用
スポーツはファンの情熱や高揚感を生みやすく、それらがスポンサー企業のメッセージやマーケティング活動の拡散を後押しします。ゴルフやF1、テニスのような高級感のあるスポーツでは、高級ブランドとの相乗効果が顕著です(例:ルイヴィトンがF1をスポンサー)
4.多彩なチャネル活用による販売促進やクロスプロモーションの可能性
スポンサーシップがグッズ販売やクロスプロモーション、販売店向けのインセンティブといった幅広い手段に展開できると指摘しました。近年はeスポーツやファンタジースポーツ、スポーツベッティングなど、スポンサーが活用できるプラットフォームも増えています。
スポンサーシップとマーケティング戦略
スポンサーシップは、広告・広報・販売促進・パーソナルセールスなどのプロモーションミックスと並んで重要なマーケティング手法として位置づけられています。
いわゆるマーケティングミックス(4P:製品、価格、流通チャネル、プロモーション)のなかで、スポンサーシップが戦略上どのように意味を持つのか、下記の例で考えてみましょう。
スポンサーシップの意思決定プロセス(例)
想定シナリオ
ある企業のマーケティングマネージャーとして、自社本拠地で開催される世界選手権のタイトルスポンサー契約を検討しているとします。まず考えるべきは、「スポンサーとしてこの大会から何を得たいのか?」という視点です。
マーケティング目標との整合性
自社のマーケティングプランを確認し、イベントがターゲット市場へ適切にリーチするかを調べます。観客・参加者・ボランティアなどの属性が自社の顧客と合致するかが重要です。
プロモーションミックスとの統合
広告、デジタル、ウェブ、PR、セールスプロモーションなど、既存のプロモーション施策にどのようにスポンサーシップを組み込み、相乗効果を狙うかを検討します。 具体的には、テレビ・ラジオ、新聞・雑誌、看板、デジタル媒体(ソーシャルメディアやVR等)をどう活用するかがポイントになります。
統合的なマーケティング活動の計画
スポンサーシップを活用してセールスプロモーションを行う、または見込み顧客をウェブサイトやSNSへ誘導するなど、さまざまな施策を連動させられるかを検討します。
このように、スポンサーシップはブランドのプロモーションミックスやマーケティング戦略全体と密接に連携することで、その力を十分に発揮できるのです。
スポンサーシップの種類を解説!
スポーツスポンサーシップには、多様な「プロパティ」(対象)が存在します。ここでは代表的なカテゴリーを紹介します。
1.統括団体スポンサーシップ(Governing Body Sponsorship)
スポーツを地域、国内、国際レベルで統括する組織を支援するもの。
例:IOC(国際オリンピック委員会)、FIFA(国際サッカー連盟)、JFA(日本サー協会)など。
2.リーグスポンサーシップ(League Sponsorship)
サッカーのJリーグや、プロバスケットボールのBリーグなど、特定リーグを対象としたもの。
3.チーム/クラブスポンサーシップ(Team/Club Sponsorship)
高校や大学、地域、プロレベルなど幅広いチーム・クラブが対象。小規模な高校チームを地元の企業が支援するケースでも、十分に目標を達成できる可能性があります。
4.アスリートスポンサーシップ(Athlete Sponsorship)
プロからユースまで、個々のアスリートを支援する形態。製品や現金提供を受ける代わりに、アスリートがスポンサー企業を支持するケースも含まれます。ゴルフアスリートへのスポンサーなどはその際たる例でしょう。
5.スポーツメディアチャネルスポンサーシップ(Sport Media Channel Sponsorship)
テレビやラジオ、デジタルチャネルのスポーツ番組をスポンサーする手法。
6.施設スポンサーシップ(Facility Sponsorship)
スタジアムやアリーナ、トレーニングセンターなどのスポンサーになること。命名権(ネーミングライツ)が代表的で、例えばプロ野球チームの福岡ソフトバンクホークスが使用している福岡ドームは「みずほPayPayドーム福岡」として、PayPayとみずほフィナンシャルグループが2024年に契約しました。
7.イベントスポンサーシップ(Event Sponsorship)
地元の小規模なゴルフトーナメントから、マラソンイベントなどが該当します。
8.スポーツ特化型スポンサーシップ(Sport-Specific Sponsorship)
特定の種目やニッチな市場に特化してスポンサーする手法。レッドブルがアドベンチャースポーツやアイアンマン、ウルトラマラソンなどに積極的に関わるケースが該当します。
9.デジタルスポーツプロダクトスポンサーシップ(Digital Sport Product Sponsorship)
比較的新しい領域で、eスポーツやファンタジースポーツ、オンラインベッティングなどを通じてターゲットとつながる手法。ソニーなどがeスポーツ分野のスポンサーとして有名です。
これらのカテゴリーに共通するのは、それぞれのスポーツが提供する「プラットフォーム」を通して、直接的にターゲット市場へリーチできる点です。
スポンサーシップのメリットと企業効果
イメージの転移(Image Transfer)
スポーツプロパティが持つポジティブなイメージや価値観を、スポンサーが自社ブランドへ取り込むことで、消費者の中で好意的な認知を得られます。
例:アクエリアスがアスリートの水分補給のイメージと強く結びついたケース。
排他性(Exclusivity)
スポンサーは特定プロパティと独占的に提携する権利を得ることで、同じ空間での競合他社の露出を制限できます。 例:オリンピックのスポンサーであるCoca-ColaやVisaは、PepsiやMastercardを排除する形で独自のブランディング機会を手にしています。
活性化(Activation)
イベントやキャンペーンを通じてファンと直接的かつ感情的に結びつく仕掛けを作れます。 例:ファン感謝祭でのスポンサーシップや、スタジアム内での飲食スポンサーなど。
評価(Evaluation)
認知度向上や売上アップ、消費者エンゲージメントなど測定可能な成果を生みやすく、ROI(投資収益率)やROO(目標達成度)を定量的に把握できます。
例:調査会社を活用したデータ分析により、スポンサーシップ施策の前後で消費者行動がどのように変化したかを追跡。
情報過多を打破する(Navigating Clutter)
広告が氾濫する現代において、イベントやプロパティとの結びつきによってブランドを際立たせ、集中的な注目を集められます。
地域や学校スポーツ(Community and School Sports)
地域社会に好印象を与え、早期のブランドロイヤルティ育成に貢献。 例:プロサッカーチームのモンテディオ山形は、平日のデーゲームで地元の保育園から小中高生を対象に約3,000名以上招待した事例。
都市部へのアプローチ(Urban Environments)
都市部はイベント規模が大きく、集客力も高いので、多くの人々へ効果的にリーチできます。 例:都市型マラソンへのスポンサーシップなどは、メディアや来場者から大きな注目を集めやすい。
スポンサーシップ導入の流れとポイント
スポーツスポンサーシップは、ブランド、スポーツプロパティ、そして消費者の「三者関係」です。スポンサーはスポーツに熱中するファンの情熱や関心をうまく活用し、自社のマーケティング目標を達成することを目指します。
企業が慈善寄付をする場合とは異なり、スポンサーとして行う投資には明確なリターンが期待されます。そのため、スポンサーシップを導入する際には、以下の流れを意識すると良いでしょう。
スポンサーシップで達成したいマーケティング目標を定める
売上増や認知度向上、ブランドイメージの確立など、具体的なゴールを設定します。
情報収集・プロパティとの対話
提携候補のスポーツプロパティが持つ市場のセグメントリーチやファン層、アスリート、イベントの特徴を把握し、目的達成につながるかを検討します。 プロパティの資産(イベント、ロゴ、ファンデータベース、SNSなど)も確認が必要です。
ライツの内容とアクティベーションの可能性を確認
どのような権利やアクティベーション施策が含まれるのか、その見返り(ベネフィット)は何かを整理します。 費用対効果の評価と指標の設定 スポンサーシップ料の妥当性を判断し、ROIやROOなど、投資成果を測るための指標や評価手法を決めておきます。
自社のマーケティング施策と組み合わせる
他のプロモーション活動と結びつけることで、相乗効果を狙います。 最終判断:スポンサーシップを実施するかどうか 上記の情報を踏まえて、契約を進めるかを決定します。
スポンサーシップ活用時の注意点
スポンサーとプロパティの間でターゲットや施策がミスマッチにならないよう、以下の視点を共有・確認することが大切です。
オーディエンスの内訳
性別、年齢、人種、民族などの「デモグラフィックス」
収入や教育水準、職業などの「社会経済的特徴」
ローカル・地域・全国・グローバルといった「地理的特徴」
提供可能な具体的データ
ファン層の規模、参加者データベース、コミュニケーションチャネルのリーチ力など、できるだけ詳細な情報を開示してもらうことで、スポンサー候補も判断を下しやすくなります。
スポンサーシップを成功させるための「アクティベーション」とは?
近年のスポンサーシップは、ロゴ掲示やアスリートへの製品提供だけでは成功が難しくなってきています。グローバル調査機関などの研究でも「単なる関連付けを超えたアクティベーション」が重要だと示されています。
スポンサー企業はスポーツスポンサーシップを通じ、多岐にわたる目的(ブランド認知、売上拡大、イメージ向上など)を達成するために、さまざまな戦術やプラットフォームを活用します。
アクティベーションとは?
「プロパティ取得の権利料とは別に投入する追加投資やプロモーション活動全般」を指します。 ブランドやプロパティが積極的にリソースを注ぎ込み、多彩なマーケティングコミュニケーション施策を展開することで、自社の存在感を高められます。
アクティベーションのメリット
ブランド差別化 プロモーションの混雑を打破し、ターゲット市場と直接的に接点を持つ ROI最大化 イメージ転移や販売促進など高次のスポンサーシップ目的を達成
具体例 Alibabaがオリンピックのスポンサーとなる場合、オリンピックの視聴者層と自社のターゲットが重なる部分を、アクティベーション施策によって効果的に取り込むことで、より多くの人々にリーチできます。
スポンサーシップの効果測定と評価
評価が事後的になりやすい問題点
イベントやキャンペーンが終了してから「あとは写真とSNSの反応を見て終わり」というのは、よくあるパターンですが、それでは投資の正当性を十分に示せません。特に近年はスポーツスポンサーシップへの投資額が増え、かつ達成すべき目標も多岐にわたるため、曖昧な評価では通用しなくなっています。
評価を成功させる3つの基本ルール
目標の事前設定
スポンサーが具体的に何を達成したいのかを明確化(例:新商品の売上アップ、特定地区でのブランド認知度向上など)。
ベンチマーク(基準値)の設定
目標に対する比較対象を明確に(例:現在の市場シェアや売上数量を把握)。
測定方法の準備
どのように目標達成度を測定するか、計画を立てる(例:顧客アンケートへの設問追加、現場販売数の追跡など)。
測定指標の例
金銭的指標:イベント会場での売上、店舗への注文数、卸契約数
数量的指標:SNSやウェブサイトのアクセス数、クーポン利用数など
スケールやランキング:ブランドイメージの変化、地域社会への責任感、従業員満足度など
評価は多額の予算や時間を要するとは限らず、あらかじめスポンサーとプロパティ双方で目的と手段をすり合わせておけば効率的に進められます。
まとめ:スポンサーシップの可能性を最大限に活かすには
スポーツスポンサーシップは、正しい方法で取り組めば非常に強力なマーケティングツールになります。最後に、その可能性を最大化するポイントを整理しておきましょう。
1.明確な目標設定
スポンサーシップを通じて何を実現するのか、最初に明確にしておく。
2.適切なプロパティ選択
狙いたいターゲットにリーチできる、最適なスポーツプロパティを選ぶ。
3.アクティベーションに注力
権利取得後も積極的に追加のマーケティング活動を展開し、スポーツプロパティと連動した施策を行う。
4.効果測定
事前に設定した指標で評価し、結果を分析して改善に活かす。
5.長期的視野
単発での即効性だけでなく、ブランド価値の向上やファンとの継続的な関係構築を視野に入れる。
スポーツスポンサーシップの分野は日々進化しています。常に最新の動向をキャッチしながら、柔軟にマーケティング戦略を最適化していくことが、成功への鍵となるでしょう。
本記事の監修者紹介
池田 聡史
スポーツビジョナリー|代表取締役社長
三井住友銀⾏で法⼈営業を担当後、外資系および国内の動画・広告領域におけるスタートアップで営業組織の立ち上げやマネジメント業務を学ぶ。その後Jリーグクラブでスポンサーシップセールスを経験。現在はスポーツに特化したマーケティングエージェンシーであるSportVisionary(スポーツビジョナリー)を運営し、企業のスポーツ活用を支援している。